末梢神経の保護と再生に向けて 人工神経で神経の癒着を防止!
この研究発表は下記のメディアで紹介されました。
◆10/24 化学工業日報
◆10/27 マイナビニュース
◆11/6 日本経済新聞
概 要
http://thejns.org/
研究の背景
手根管症候群や肘部管症候群など神経が絞扼(締め付けられる)される末梢神経障害や、外傷による神経損傷では、運動麻痺や感覚麻痺が引き起こされます。これらに対しては、神経の剥離や縫合などの外科手術が行われますが、手術後、神経が周囲組織と癒着するため、しびれや痛みなどの症状が良くならないことがあります。そのため、血管や脂肪などで神経を包んで癒着を予防する治療がなされてきましたが、これには健常な組織を犠牲にするといった問題があります。そこで、近年、さまざまな神経の癒着防止材の開発が進められていますが、本邦では神経の癒着防止材は存在していません。本研究グループはこれまで人工神経の開発を進めており、人工神経で神経を包み込むことによる癒着予防?神経保護効果について検証を行いました。
研究の内容
人工神経は生体吸収性の素材からなり、サイズはラットの坐骨神経(直径1.5mm)に合わせて内径2mmとしました。人工神経の管腔壁は二層構造で、内層はポリ乳酸とポリカプロラクトン(50:50)の共重合体スポンジで構成され、神経に優しい構造となっています。外層はポリ乳酸のマルチファイバーメッシュで構成され、強度を維持する構造となっています。このため、既存の人工神経では得られない非常に柔軟性の高い人工神経となっています(図1)。
図1.生体吸収性人工神経
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図2.神経癒着モデル
【A】
【B】
ラットの坐骨神経を剥離した後、神経の周りの組織を電気焼灼することで、神経癒着を作製しました(図2-A)。①神経剥離のみを行った群(非癒着群)、②神経癒着処置をした群(癒着群)、③神経癒着処置の後に人工神経で神経を包んだ群(人工神経群)、④神経癒着処置の後に神経周囲にヒアルロン酸を散布した群(ヒアルロン酸群)で比較検討しました(図2-B)。
術後6週間経過後では、肉眼でも組織学的にも癒着群では神経が周囲組織と強固に癒着していましたが、人工神経群では明らかに神経周囲の癒着は軽度で、非癒着群に近い結果となりました。神経癒着の程度を力学試験で検証したところ、こちらも人工神経群は、非癒着群に近い結果となりました。神経の伝導速度は、癒着群で最も遅く、人工神経群は癒着群に比べて伝導速度が速く、非癒着群に近い結果となりました。(図3-A, B)。また、人工神経で神経を包み込むことによって組織学的に神経の変性が軽減し、癒着による神経障害が抑えられたため筋肉(腓腹筋)の萎縮を防ぐことができました(図3-C)。
図3.癒着による神経障害
【A】
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【B】
【C】
期待される効果
今回の研究により、開発を進めている人工神経は神経再生機能はもちろんのこと、神経を包むことで新たに神経癒着防止?神経保護機能も有することが明らかになりました(図4)。神経剥離術や神経縫合術は、年間手術件数が4~5万件と非常に多く、癒着による神経障害が問題となっています。この人工神経は、いずれの手術においても癒着防止デバイスとして使用可能であり、人工神経の市場性の拡大が期待されます。また、神経が周囲組織との癒着から保護され、神経障害が軽減することから、術後成績の向上にもつながります。加えて、この人工神経は非常に柔軟であり、内層のスポンジ構造が神経に保護的に作用します。内層スポンジ層を足場として、細胞や神経成長因子を組み合わせることも可能であるため、今後、単なる癒着防止材にとどまらず、神経再生機能と癒着防止?神経保護機能を兼ね備えた次世代の神経ラッピングデバイスとしても応用可能です。
図4.人工神経による神経保護のイメージ図
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今後の展開について
神経再生のための人工神経(欠損部をつなぐ)ならびに癒着予防デバイスとしての人工神経(神経を保護する)として、臨床応用に向けて開発を進めていきます。また、神経を保護するという目的だけではなく、成長因子や細胞を付加し、神経再生機能を有した次世代の神経治療材料としての基礎研究も継続していきます。